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家族葬
更新日:2011年09月28日
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父が、逝ってしまって、10日が経ちました。

17日・18日は東京から娘達も帰ってきて、

父の病室で皆で泊まり、

笑いあり、涙ありの父を交えての時を過ごしました。

父も最高に嬉しそうに笑い最期まで、

「生きられるだけ生きて、頑張りますよ!」と、

しっかりした声で、娘達に言っていました。


最期の最期まで、純粋すぎるほど、前向きでした。

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でも最期の、『癌性リンパ管症』には、、、勝てませんでした。。。。

父は、17日まで日記を書いていました。
(17日の字だけは、乱れていましたが、しっかり書かれていて・・・
 18日・19日は日記を開くことは有りませんでした。。。)

最期の最期まで、頭がクリアすぎるほどクリアで、
家族の事を、心配し、想い合う事ばかりしていました。。。

19日の亡くなる日の朝まで、
「皆、食事はしたんな?」って、皆の事を心配しながら・・・・・


そして、

娘達に会い、母をはじめ家族に見守られながら・・・

19日、夜9時35分に、

安心したように、眠り逝ってしまいました。

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父の遺言でもあった、

お葬式は『家族葬』の形をとりました。

納棺からお葬式、初七日まで、

ベルモニーで亡父の気持ちを伝え、

家族だけで、ゆっくり、丁寧にすすめられました。

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誰にも気兼ねすることなく、思いっきり、皆、泣けて、

最期のお別れをしっかりすることができました。

院長は、父らしいお花で作ってもらった綺麗な祭壇をはじめ、

家族だけのお葬式を写真に撮ってくれたので、

私は、手作りのアルバムを作ろうと思っています。、

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父に全て頼りきっていた母が最後の頃、身体の調子を崩しました。

院長も最後まで泊まったり、それはそれは良くしてくれました。

2009年7月肺がん余命6カ月を宣告されて以来、
父を中心に、家族が今まで以上に一丸となって出来ることはすべてしてきました。

最期の最期まで、諦めずに前向きに生きた父の姿を胸に、
今度は、義母や母を支えていかなければと思っています。。。

 (麻田病院の篠原先生、堂本先生、藤村先生、そして、
 4病棟の看護師さん達、
 どの方にもとてもよくしていただいて
 心より感謝しています。
 ありがとうございました。)


今まで、父を応援してくださった皆様、ありがとうございました。









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